サンサーフの顔、ケオニ・オブ・ハワイ(KEONI OF HAWAII)

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現在、サンサーフのアロハシャツラインアップには、サンサーフ(SUN SURF)、サンサーフ・スペシャル(SUN SURF SPECIAL)、ケオニ・オブ・ハワイ(KEONI OF HAWAII)の3つがあって、その内、ケオニ・オブ・ハワイ(KEONI OF HAWAII)はサンサーフの顔とも言えるもの。

ケオニ・オブ・ハワイは、アロハシャツの黄金期と言われた20世紀半ばにデザイナーまたアーティストとして活躍したジョン・メイグスにあやかったもので、ハワイ語で”ジョン”が”ケオニ”と訳され、彼がそう呼ばれたことからその名がブランド名に使用されています。

ケオニ・メイグスことジョン・メイグスは、1915年アメリカのイリノイ州に生まれ、シカゴ美術研究所で彫刻や人物デッサンを学んだ後、カリフォルニアの数校の大学でジャーナリズムを専攻し、新聞記者の経験を経て、1938年にハワイへ渡り画家になった経歴を持つ逸材。

1940年からアロハシャツの柄を描き始め、1947年には”ケオニ・メイグス”という名前で本格的にアロハシャツの柄のデザインを始めましたが、サンサーフのケオニ・オブ・ハワイには、そんな彼の優れた感性を現代に甦らせたいとの想いが込められているのです。

そして、ジョン・メイグスの作品が現在のアロハシャツのデザインの元祖とも言えるデザインであること、その作品の一つ一つがオリジナリティに溢れるものであることは、サンサーフのアーティスティックな製品づくりの原点にもなっていると言って良いでしょう。

アロハシャツ(Aloha Shirt)について

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アロハシャツというのは、ご存知のように、ハイビスカスやパイナップルといった植物やフラダンスを踊る女性などのトロピカルなモチーフや、浮世絵、屏風などに描かれている図柄などのオリエンタルなモチーフを、カラフルな色彩で染め上げた開襟シャツのこと。

その起源については諸説あって定かではありませんが、19世紀の終わりから20世紀初頭にかけてハワイに移民した日本人が、ヨーロッパを発祥とする”パラカ”と呼ばれる開襟シャツを愛用していて、持参していた着物をこのパラカに仕立てたのが始まりとされています。

ハワイ語の挨拶でもあり、愛情や慈悲という意味もあらわす”アロハ”という名前を冠した”アロハシャツ”という呼称からすると、日本人がその起源に関係しているというのは一種の驚きを感じますが、実はその後の歴史的な面でも、日本人が大いに関係しているんですね。

最初にアロハシャツを商標登録して売り出したのは、エラリー・J・チャンという中国系商人で、1937年のことですが、この商人の依頼でアロハシャツを製造していたのが、なんと、反物を使ってシャツを作っていた日本人経営の「ムサシヤ・ショーテン」という名の呉服屋。

そして、京都を中心として高度な染色技術を持った染織工場が数多く存在したことで、安価で品質の良い生地を大量に供給することの出来た日本が、第二次世界大戦前後を通してアロハシャツ生地の代表的な生産地となっていったのも、その需要のなせるところだったのです。
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